椎名 美月(P&Jトップキャスト)
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愛沢えみり(株式会社voyage代表)

新宿歌舞伎町ナンバーワンキャスト、女性起業家、モデル、タレントとして多方面で活躍をしている愛沢えみりさん。
札幌すすきのナンバーワンキャストとして輝くワーキングマザーの椎名美月さん。
お二人に、「女性が、自分自身の人生を輝かせていくための秘訣」について、対談していただきました。


愛沢えみり
愛沢えみり
株式会社voyage代表。日本を代表するトップキャストとして歌舞伎町で活躍しながら、雑誌『小悪魔ageha』で専属モデルデビュー。現在では、モデルやタレントとして活躍する傍ら、女性起業家として自社アパレルブランド『EmiriaWiz』を運営。 美容クリニック『VENUS BEAUTY CLINIC』や、キャバ嬢向け情報サイト『maison de beaute』、自身が勤務するキャバクラ『FOURTY FIVE』など、プロデュースも幅広く手がけている。
椎名美月
椎名美月
札幌すすきのトップのバルセロナグループのNo.1キャスト。バルセロナグループでは、ゼネラルマネージャーに就任し、キャスト育成や企業プロモーションに従事。株式会社BELINDAを創業し、美容サービス展開を準備中。子育てと仕事を両立しながら、輝くワーキングマザー。

20歳からでも、
人は生まれ変われる。

――本日が初対面というお二人ですが、お互いのことは知っていましたか?
美月 私は、ずっとえみりさんを「小悪魔ageha」で見ていました!インスタも見ていますし、私の周りのキャスト仲間もえみりさんのことが大好き。今日こうやってお話できるのを、すごく楽しみにしていました!
えみり ありがとうございます!私が美月さんを知ったのは、お客様から教えてもらったことがキッカケでした。それで「すっごく可愛い人だな?」って、以前から気になっていたんです。お会いできて嬉しいです!
――お二人が、このお仕事を始めたキッカケは?
えみり 私は18才の時に、なんとなく入った六本木のお店がスタート。その時は、真面目に営業もしないし、そもそも出勤すらしない、ダメキャストでしたね(笑)。転機になったのは、20歳のとき。その当時、付き合っていた男性に、生活のすべてを頼りきっていたんですが、その彼とお別れしてしまったんです。豪華なマンションも、美味しい食事も、キレイなお洋服も、それまで当たり前だった生活のすべてを無くしてしまいました。当たり前ですよね、だってそのどれも、自分の力で手に入れたものではなかったんだから。そのときに、誰かに依存して生きているって、すっごく不安定だなって思って、自立して生きていこうと決めました。気持ちも新たに、はたらく街を変えて、新宿歌舞伎町へ。キャストという仕事に本気で取り組むようになってから、人生が変わりましたね。
美月 そうだったんですね!私も、えみりさんのお話と重なる経験があります。18歳でこの世界に入って、半年後に結婚をきっかけに引退したんですが、私も結婚当時は、生活のすべてを元夫に頼りきっていたんですよ。でも出産後、20歳のときに離婚。当時1歳だった娘を、私が引き取って育てていくってなったときに、「誰かに頼るのではなく、自分の力で生きていこう」と決めました。とにかく収入が必要だったので、キャストの仕事に復帰しました。
えみり えー!本当に、同じような経験していますね!(笑)。復帰されてからは、お仕事は順調だったんですか?
美月 それが、全然(笑)。私の場合は、キャストを一度引退してから2年もブランクがあったから、復帰したときにはお客さまはゼロって感じだったんです。はじめは、もう毎日不安で…。だからこそ、新人のつもりで頑張りました。毎日ちゃんと出勤して、フリーのお客さまにたくさんついて、場内指名をたくさんもらえるように工夫して…。こうやって並べてみると、当たり前のことばっかりなんですけどね(笑)。
えみり 私もそうです!歌舞伎町で再スタートをきったときには、基本中の基本の「毎日ちゃんと出勤する」っていうところからはじめました。当たり前すぎて、何言ってるのって感じですけど(笑)。
でもね、指名をいただくとか売上をあげるとか以前に、そんな当たり前のことが、ちゃんとできていなかったんですよね。
美月 えみりさんみたいな、今こんなにキラキラ輝いている人にも、そんな時期があっただなんて信じられません…!「このお仕事を頑張っていけるかも」って自信がついたのはいつくらいからなんですか?
えみり 初めて、お店で売上が1番になった時でしょうか。その当時のお店は更衣室に、売上ランキングが貼ってあったんですが、ある日、ランキング表の1番に、自分の名前があったんです。私、学生時代なにも頑張ってなかったので、自分なりに努力して、それで1番という結果を手にするのが人生で初めての体験で…。「自分が頑張って、成果を出した」という経験が、すごく自信になりましたね。

美月さんが、キャストという仕事を頑張っていきたいって決めたのは、いつからだったんですか?

美月 私の場合は、最初は昼職を見つけるまでのツナギのつもりでキャストをやっていたんですよね。子供にとっては夜、働いているママって嫌だろうなという思い込みがあったから。でも、ありがたいことに、売上が7位くらいになることができたんです。そのときに、もし、今いきなり辞めたら、毎日来てくれているお客様もがっかりするだろうし、応援するよって言ってくださっている方も裏切ることになるなと思って…。このお仕事で、もう少し子供が大きくなるまでは頑張ってみようと思って、今まで続けてきています。
えみり そうなんですね!というか、本当にママに見えないですよね!隠さないところがいいです。そんなに隠してない人も、珍しいですよね?
美月 隠していた時期もありましたよ。でも、すすきのは狭いので、子供と外を歩いていると、お客様や知ってくださっている方が声をかけてくださったりするんです。公表していなかった時は、外でマスクで顔を隠して、ビクビクしている自分がいて。でもある日、娘に言われたんです。「ママ、お顔隠さない方がかわいいよ」って。私、この子のために働いているのに、大事な娘のこと、隠していたらダメだなって思いました。子供が見ても恥ずかしくない、誇れるお母さんでいようって思うからこそ、毎日頑張れているんです。子供には「かっこいいママ」って、思ってもらいたいから。
えみり すごーい!かっこいいですね!
美月 なんだか私たちふたりとも、20歳で大きな転機を経験している感じ。
えみり 20歳っていいですね。学生時代から頑張ってきている人に比べたら、20歳って、色々なことに気がついたり、動き出したりするのには遅い年齢かもしれない。でも20歳からでも頑張ることができれば、人生って大きく変わるんだなって思います。